太一は、自分には他の人には見えない怪異が見えるという特異体質を持っていました。
そのせいで、周りから変わり者扱いされることも多く、友達が数少なかったのです。 しかし、そんな太一が唯一仲が良かったのが健太でした。 健太は太一と同じ高校に通う部活仲間で、太一の体質を知っていても気にしないで付き合ってくれる数少ない人だった。 ある日、部活の休憩中に健太から不思議な話を聞きました。 健太の父親は病院で働いていて、その病院の敷地に忍びこんだ野生の大型犬の目撃証言を聞いたというのです。 「どうやら保健所から逃げ出したらしいんだけど、その犬がなんと馬車を引きながら病院に入ってきたんだって」 健太は目を輝かせて言いました。 太一は驚いて聞き返しました。 「馬車?」 「そう、馬車。しかも人間が乗ってるんじゃなくて、犬が自分で引いてるんだってさ」 「それはおかしいな」 太一は首を傾げました。健太は興味津々に言いました。 「だろ?それでさ、その犬が病院の中で何か探してるみたいに色んな部屋に入り込んで行ったんだって。 でも結局見つからなかったらしくて、また馬車に乗って出て行ったんだ」 「何を探してたんだろうね」 太一は不思議そうに言いました。健太は顔を近づけて言いました。 「さあ、わからないけど、その犬が見えるかどうか確かめてみたくない?」 「え?」 太一は驚きました。 「太一は怪異が見えるんだろ?もしかしたらその犬も怪異なのかもしれないよ」 「そうかもしれないけど……」 太一は迷いました。 「じゃあさ、今日の部活の後に一緒に病院に行ってみようよ!面白そうじゃない?」 健太は太一の腕を引っ張りました。 太一は健太の動機に少し戸惑いましたが、健太の誘いに乗ることにしました。 その日の部活が終わると、二人は直ぐに自転車で病院に向かいました。 病院は市街地から少し離れた山の中腹にありました。周りは森林に囲まれており、静かで落ち着いた雰囲気でした。 二人は自転車を置いて敷地内に入ろうとしましたが、すぐ外に野生の大型犬が現れました。 「あれが……!」 健太は驚いて指さしました。大型犬は黒くて毛むくじゃらで、目つきが鋭かったのです。それはまるで狼のようでした。 大型犬は二人に気づくと唸り声を上げて走り寄ってきたので、二人は慌てて後ずさりしました。 「やばいやばいやばい!」 健太は叫びました。 「逃げろ!」 太一も言いました。 二人は必死に逃げようとしましたが、大型犬は速く今にも追いつかれそうでした。 太一は怖くて目を閉じました。 すると、突然辺りに銃声が響きました。 「バン!」 太一は目を開けました。 大型犬は倒れていました。 血は流れていませんでしたが、動かなくなっていました。 「な、なんで?」 太一は呆然としました。 「あそこだ!」 健太は遠くを指さしました。離れた場所から、猟銃を持った男が走ってきたのです。 「おいおい、大丈夫か?危なかったな」 男は息を切らしながら言いました。 「あ、あの……」 太一は言葉に詰まりました。 「あの犬は保健所から逃げ出した野良犬だ。俺は保健所の職員で、追跡してたんだ。銃弾には麻酔が入ってるから、殺してないよ。でも、残念ながらこの犬は後日殺処分されることになってるんだ」 男は残念そうに言いました。 「え?」 太一は驚きました。 「どうして?」 健太も聞きました。 「この犬は人に危害を及ぼす可能性が高いからだ。それに、この犬に飼い主はいない。誰も引き取ってくれないんだ」 男は二人にそう説明しました。 「でも……」 太一は言いかけましたが、男は首を横に振りました。 「もう決まってることだ。文句があるなら保健所に言ってくれ。 俺も気の毒に思うけど、仕方ないんだよ」 男はそう言って、大型犬を担ぎ上げて歩き出しました。 大型犬を担いで離れていく男の背中を呆然と見送った太一と健太でしたが、その時、太一の耳に小さな声が聞こえました。 『ねえ、君には僕の声が聞こえるでしょ?』 太一は驚いて後ろを振り向きました。 そこには大型犬が倒れているはずの場所に、小さな子供が立っていました。 子供は太一に微笑みかけると、話はじめました。 『僕がこの神社の神様だよ。大昔に、この地に隕石に乗って宇宙から飛来した未知のウイルスなんだ。 僕は、人や動物の思考回路に干渉して自在に幻覚を見せる能力を持っているんだよ』 「え……?」 太一は信じられないという表情で言いました。 健太は太一の横で困惑していました。 「太一、何を言ってるんだ?誰と話してるんだ?」 健太は太一の目線の先には何も見えなかったからです。 太一は健太に言いました。 「あそこに、子供がいるんだよ。神社の神様だって言ってる」 「え?どこに?」 健太は目を凝らしましたが、やはり何も見えませんでした。 子供は太一に言いました。 『君以外には僕の姿や声は見えないよ。僕は君にだけ特別な幻覚を見せてるんだ。君は怪異が見える体質だからね』 「怪異が見える……、 確かにそうだね」 太一は自分の特異体質を思い返しました。 子供は太一に言いました。 『君と話したかったんだ。君なら僕の話を聞いてくれると思ったんだ』 「話?どんな話?」 太一は興味深く聞きました。 『あの大型犬の正体や、僕の能力や、僕とある女性との関係についてだよ』 「女性?」 太一は不思議そうに言いました。 『そう、お婆さんだよ。彼女と僕は昔から仲良しだったんだ』 「お婆さん?どこのお婆さん?」 太一は思い出そうとしましたが、その時、ある女性の声で現実に引き戻されました。 「あら、こんにちは。あなたたちはこの神社にお参りしに来たの?」 気がつくと太一の目の前には、介護ヘルパーの人が引いた車椅子に乗った高齢のお婆さんがいました。 「突然、驚かせてしまって悪かったわね。 私の名前はオトキ。 昔から目の病気でね……」 オトキさんは生まれた時から両目が見えないらしく、もう歳で長く生きられないことを太一に話しました。 オトキさんは笑顔で会釈をして、神社を後にして行きました。 オトキさんが去った後、太一に神社の神様と名乗る子供の声が再び響いてきました。 『ねえ、話の続きを聞いてくれる?』 太一は子供の声に答えました。 「うん、聞くよ。でも、どこにいるの?」 『ここだよ。君の隣だよ』 太一は横を見ましたが、やはり子供の姿は見えませんでした。 子供は太一に言いました。 『僕は君の意識の中に入ってるんだ。だから、君は僕の声を聞いたり、僕の姿を頭の中でだけ感じることができるんだ』 「意識の中……」 太一は不思議な感覚に戸惑いました。 子供は太一に言いました。 『僕は君に色々なことを教えてあげたいんだ。僕とオトキさんとの物語をね』 「物語?」 太一は興味深く言いました。 子供は太一に言いました。 『そう、物語。僕とオトキさんとの不思議で切なくて美しい物語だよ』 「それなら聞きたい」 太一は素直に言いました。 『じゃあ、始めようか。僕とオトキさんとの物語は、こう始まったんだ……』 子供は太一にそう言って、昔話のような口調で語り始めました。 『オトキさんはこの山の村で生まれ育ったんだ。でも、彼女は生まれた時から両目が見えなかったんだ。だから、村の人たちは彼女を不憫に思って、色々と手助けしてあげていたんだよ』 「色々と?」 太一は質問しました。 『例えば、彼女が小さい頃には、村の人たちが集めたお金で盲導犬を買ってあげたんだ。その犬の名前は色って言ったんだ。オトキさんは色が大好きで、いつも一緒に遊んでいたんだよ』 「盲導犬?」 太一は驚きました。 『そう、盲導犬。目の見えない人の手助けをする犬だよ。色はとても賢くて優しくて、オトキさんの目代わりになっていたんだよ』 「すごいね」 太一は感心しました。 『でもね、オトキさんが幸せだったのはそれほど長くなかったんだ。この地域にダムが出来た次の年だったと思う。記録的な大雨が降ってダムが決壊したんだ』 「ダムが決壊?」 太一は恐怖しました。 『そう、ダムが決壊。その時、地域の他の人達は速やかに避難したんだけど、目が見えないオトキさんは逃げ遅れて家ごと壊れて流されてしまったんだ。色はオトキさんの襟首を加えて、濁流から河岸へとお婆さんを引っ張りだしたんだけど、 色自身はその直後力尽きて流されて死んでしまったんだ』 「色が……」 太一は悲しみました。 『相棒で心の支えだった色の死に、オトキさんは三日三晩泣いていたんだ。僕はそんなオトキさんの悲しむ声に呼び寄せられたんだ』 「呼び寄せられた?」 太一は疑問に思いました。 『僕はウイルスとしてオトキさんに寄生することにしたんだ。僕はお婆さんの心に入り込んで、彼女に幸せな幻覚を見せることができるんだよ』 「幸せな幻覚?」 太一は興味深く聞きました。 『そう、幸せな幻覚。僕はオトキさんに色が生き返って一緒に遊んでいる夢を見せたんだ。それから、オトキさんは毎日笑顔で夢を見ていたんだよ』 「それはいいね」 太一は微笑みました。 『でもね、僕はオトキさんにだけ幻覚を見せていたわけじゃなかったんだ。僕はオトキさんの周りの人や動物にも幻覚を見せていたんだよ』 「周りの人や動物にも?」 太一は驚きました。 『そう、周りの人や動物にも。 そしてまた、僕はオトキさんが好きなものや楽しいことを見せてあげたかったんだ。 だから、僕はオトキさんに色と一緒に神社に散歩に行く夢を見せた時には、神社の門をくぐった瞬間にオトキさんの目が見えるようにしたんだ。そして、僕はオトキさんの隣に立って、一緒に遊んだんだよ』 「君が……」 太一は目を見開きました。 『そう、僕が。僕はオトキさんに自分の姿を見せたかったんだ。僕はオトキさんと仲良くなりたかったんだよ』 「それで、オトキさんは君のことを……」 太一は納得しました。 『オトキさんは僕のことを幻くんって呼んでくれたんだ。僕もオトキさんのことをトキちゃんって呼んだんだよ』 「幻くんとトキちゃん……」 太一は感動しました。 『僕とオトキさんはすぐに仲良くなったんだ。 僕はオトキさんに色々なことを教えてあげたし、オトキさんも僕に色々なことを教えてくれたんだよ』 「どんなこと?」 太一は聞きました。 『例えば、僕はオトキさんに宇宙や星や惑星のことを教えてあげたんだ。 僕は宇宙から来たウイルスだから、宇宙のことはよく知ってるんだよ。 オトキさんは宇宙のことが大好きで、僕の話に夢中になって聞いてくれたんだよ』 「宇宙の話……」 太一は感心しました。 『それから、オトキさんは僕に山や森や川や花や動物のことを教えてくれたんだ。オトキさんは山の村で育ったから、自然のことはよく知ってるんだよ。オトキさんは自然のことが大好きで、僕に色々な名前や音や匂いや触り心地を教えてくれたんだよ』 「自然の話……」 太一は感動しました。 『僕とオトキさんは毎日楽しく過ごしたんだ。でもね、オトキさんが幸せだったのもそれほど長くなかったんだ』 「どうして?」 太一は不安に思いました。 『オトキさんの寿命が近づいていることを感じたからだよ』 子供は太一にそう言って、悲しそうな表情をしました。 『オトキさんはもう歳で長く生きられないんだ。僕はオトキさんが死んだらどうなるのかわからないんだ。僕はオトキさんが死んだら一緒に死ぬのか、それともまた別の人に寄生するのか、それとも宇宙に帰るのか……』 「宇宙に帰る?」 太一は疑問に思いました。 『そう、宇宙に帰る。僕は宇宙から来たウイルスだから、もしかしたら宇宙に帰れるかもしれないんだ。でも、僕はオトキさんと離れたくないんだ。僕はオトキさんと一緒にいたいんだよ』 「それなら、オトキさんを助けてあげられないの?」 太一は提案しました。 『助けてあげられないよ。僕はオトキさんに幻覚を見せることしかできないんだ。僕はオトキさんの体や心を治すことはできないんだよ』 「じゃあ、どうするの?」 太一は尋ねました。 『僕はオトキさんを幸せにしてあげたいんだ。僕はオトキさんに最後の願いを聞いてあげたんだよ』 子供は太一にそう言って、優しく微笑みました。 『オトキさんの最後の願いは、故郷の山に帰ることだったんだ。オトキさんは山の自然や生き物たちに会いたかったんだよ。僕もオトキさんと一緒に山に行きたかったんだ』 「それなら、山に連れて行ってあげればいいじゃない」 太一は言いました。 『でも、それは簡単なことじゃなかったんだ。オトキさんは病院で入院していたんだ。オトキさんは病気で弱っていて、自分で動くこともできなかったんだ。僕はオトキさんを病院から連れ出す方法を考えたんだ』 「どうやって?」 太一は聞きました。 『僕はオトキさんに幻覚を見せて、色が生き返って馬車を引いてきたと思わせたんだ。そして、大型犬の思考を借りた僕は、オトキさんを馬車に乗せて、病院から抜け出したんだよ』 「馬車?」 太一は思い出しました。 「ああ、あれが……」 太一は健太から聞いた話と子供の話がつながったことに気づきました。 『そう、あれが。 僕は馬車に外からは中が見えない暗示をかけてから、馬車を引く大型犬として病院の敷地内を走り回ったんだ。でも、結局僕はオトキさんが欲しいものを見つけることができなかったんだ』 「欲しいもの?」 太一は尋ねました。 『そう、欲しいもの。オトキさんが山に帰る前に会いたかった人がいたんだ。それが健太くんのお父さんなんだよ』 「健太くんのお父さん?」 太一は驚きました。 『そう、健太くんのお父さん。彼はオトキさんの息子なんだよ』 子供は太一にそう言って、深刻な表情をしました。 『オトキさんは若い頃に結婚したんだ。でも、夫とはすぐに別れてしまったんだ。夫はオトキさんが目が見えないことを理由に、彼女を虐待したり、浮気したり、捨てたりしたんだよ。オトキさんは夫から逃げるために、この山の村に戻ってきたんだ』 「ひどい……」 太一は同情しました。 『でも、オトキさんは一人ではなかったんだ。彼女は妊娠していたんだよ。健太くんのお父さんをね』 「健太くんのお父さんが……」 太一は驚きました。 『そう、健太くんのお父さんが。オトキさんは健太くんのお父さんを産んで育てたんだ。彼女は健太くんのお父さんに愛情を注いで、彼を立派な人間に育てたんだよ』 「それは素晴らしいね」 太一は感心しました。 『でもね、健太くんのお父さんもオトキさんと同じ目の病気を患っていたんだ。彼も生まれた時から両目が見えなかったんだよ』 「え?」 太一は驚きました。 『そう、え。健太くんのお父さんも目が見えなかったんだ。でも、彼はオトキさんと違って、自分の目の状態に不満や恨みを持っていたんだ。彼は自分が目が見えないことで不利な立場に置かれることを嫌って、常に劣等感や怒りを抱えていたんだよ』 「それは辛かっただろうね」 太一は同情しました。 『そう、辛かっただろうね。健太くんのお父さんは学校で勉強したり、友達と遊んだりすることができなかったからね。彼は村の人たちからも差別されたり、いじめられたりしたからね。彼は自分の人生に絶望していたんだ』 「それで、どうしたの?」 太一は尋ねました。 『それで、彼はある日、村を出て行ってしまったんだ』 「村を出て行った?」 太一は驚きました。 『そう、村を出て行った。この地域は今でこそ都市化されているけど、 彼が青春を過ごしたひと昔前はこの地域も貧しい田舎の村だったからね。 彼は自分の目が見えるようになる方法を探すために、村を出て行ったんだ。彼は医者や学者や神秘家などに会って、色々な治療法や手術法や呪術法などを試したんだ。でも、どれも効果がなかったんだよ』 「それは残念だね」 太一は悲しみました。 『そう、残念だね。健太くんのお父さんは自分の目が見えるようになることを諦められなかったからね。彼はどんどんお金や時間や健康を失っていったからね。彼はオトキさんのことも忘れてしまったからね』 「オトキさんのことを忘れた?」 太一は驚きました。 『そう、オトキさんのことを忘れた。彼はオトキさんに一度も連絡をしなかったんだ。彼はオトキさんに会いにも帰ってこなかったんだ。彼はオトキさんの存在を否定したんだよ』 「それは酷い……」 太一は怒りました。 『そう、酷い……。オトキさんは健太くんのお父さんを心配して待っていたんだ。オトキさんは健太くんのお父さんに会いたかったんだ。オトキさんは健太くんのお父さんに愛されたかったんだよ』 「それなら、健太くんのお父さんに会わせてあげられないの?」 太一は提案しました。 『会わせてあげられないよ。健太くんのお父さんは僕の幻覚に気づかないんだ。僕は健太くんのお父さんにオトキさんが馬車に乗ってきたと思わせようとしたけど、彼はそれを無視したんだよ』 「無視した?」 太一は驚きました。 『そう、無視した。彼は僕の幻覚を見破って、馬車に乗ってるオトキさんを認めなかったんだ。彼はオトキさんが目が見えないことを恥じて、彼女を母親と認めなかったんだよ』 「それはひどすぎる……」 太一は悲しみました。 『そう、ひどすぎる……。オトキさんは健太くんのお父さんに拒絶されて、悲しくて泣いたんだ。僕もオトキさんを慰めてあげたかったけど、何もできなかったんだよ』 「それで、どうしたの?」 太一は尋ねました。 『それで、僕はあきらめて、オトキさんを馬車に乗せて、山に向かったんだ』 「山に向かった?」 太一は驚きました。 『そう、山に向かった。僕はオトキさんの最後の願いを叶えてあげることにしたんだ。僕はオトキさんを故郷の山に連れて行ってあげることにしたんだよ』 「それで、山に着いたら?」 太一は聞きました。 『それで、山に着いたら……』 子供の声が途切れました。 「どうしたの?」 太一が尋ねると、 子供は悲しそうに言いました。 『オトキさんが死んだんだ』 「死んだ?」 太一はショックを受けました。 子供は言いました。 『そう、死んだ。僕たちは山の古民家に着いたんだ。僕はオトキさんを布団に寝かせてあげたんだ。オトキさんは僕に笑顔でありがとうと言ってくれたんだよ』 「それは良かったね」 太一は言いました。 『でもね、オトキさんはすぐに眠りについたんだ。僕はオトキさんのそばに座って、手を握ってあげたんだ。オトキさんは安らかな寝顔で、夢を見ていたんだよ』 「どんな夢?」 太一は聞きました。 『色と一緒に遊んでいる夢だよ。僕もその夢に入って、オトキさんと色と一緒に楽しく遊んだんだよ』 「それは素敵だね」 太一は微笑みました。 子供は言いました。 『そう、素敵だね。でもね、その夢が終わった時、オトキさんも終わってしまったんだ』 「終わってしまった?」 太一は驚きました。 『そう、終わってしまった。オトキさんの心臓が止まってしまったんだ。僕はオトキさんの手が冷たくなるのを感じたんだ。僕はオトキさんの名前を呼んだけど、返事がなかったんだよ』 「それは悲しい……」 太一は涙ぐみました。 子供は言いました。 『そう、悲しい……。オトキさんが死んでしまったことが信じられなかったんだ。僕はオトキさんを抱きしめて泣いたんだよ』 「それで、どうしたの?」 太一が尋ねると、子供は深くため息をついて言いました。 『それで、僕はオトキさんの後を追ったんだ』 「後を?どういう意味?」 太一は驚きました。 子供は言いました。 『そう、後を追った。僕はオトキさんが死んだらどうなるのかわからなかったけど、僕はオトキさんと離れたくなかったんだ。僕はオトキさんと一緒にいたかったんだよ』 「それなら、君も追う必要はなかったじゃない」 太一は言いました。 『でも、僕はオトキさんを追うことを選んだんだ。僕はオトキさんの心臓が止まった時に、僕もオトキさんの意識と一緒になって、宇宙に帰ったんだよ』 「宇宙に帰った?」 太一は疑問に思いました。 『そう、宇宙に帰った。僕は宇宙から来たウイルスだから、宇宙に帰れるんだよ。僕はオトキさんと一緒に隕石に乗って、宇宙へと飛び立ったんだよ』 「それはすごいね」 太一は感心しました。 『そう、すごかったんだ。 僕とオトキさんは宇宙で自由に旅をしたんだ。僕とオトキさんは色々な星や惑星や銀河を見たんだよ』 「それは楽しかっただろうね」 太一は微笑みました。 『そう、楽しかったよ。 僕とオトキさんは幸せだったんだよ』 「それなら良かったね」 太一は言いました。 『でもね、僕とオトキさんの物語はここで終わりじゃないんだ』 「終わりじゃない?」 太一は驚きました。 『そう、終わりじゃない。僕とオトキさんの物語は永遠に続くんだよ』 「永遠に続く?」 太一は興味深く聞きました。 『そう、永遠に続く。僕とオトキさんの魂は宇宙で輝き続けるんだよ。僕とオトキさんの魂は時々地球に戻ってきて、人や動物や植物に生まれ変わるんだよ』 「生まれ変わる?」 太一は驚きました。 『そう、生まれ変わる。僕とオトキさんの魂は色々な姿や形で生きていくんだよ。僕とオトキさんの魂はいつかまた出会って、仲良くなるんだよ』 「それは素敵だね」 太一は感動しました。 『そう、素敵だね。僕とオトキさんの物語は永遠に終わらないんだよ。僕とオトキさんの物語は不思議で切なくて美しい物語なんだよ』 「それは本当に不思議で切なくて美しい物語だね」 太一は言いました。 『ありがとう。君に僕とオトキさんの物語を聞いてもらえて嬉しいよ。君も素敵な物語を作ってね』 「ありがとう。君も幸せになってね」 太一は言いました。 そして、子供の声は静かに消えていきました。 太一は子供の声が聞こえなくなったことに気づきました。 「あれ?」 太一は周りを見回しましたが、子供の姿も馬車も見えませんでした。太一は夢を見ていたことに気づきました。 「夢だったのか……」 太一は呟きましたが、その時、健太が太一を起こしに来ました。 「太一、起きろよ。もう昼だぞ」 健太は太一を揺さぶりました。太一は目を開けて、健太に笑顔で返事しました。 「おはよう、健太」 健太は太一の様子に不審そうに言いました。 「おはようって、何を寝ぼけてるんだよ。昨日のこと覚えてるか?」 太一は昨日のことを思い出しました。 「ああ、あれか。大型犬が馬車を引いてるお婆さんを追ってたんだっけ?」 健太は驚きました。 「そうそう、それだよ。 結局大型犬は後日、保健所から再び逃げ出して山に帰ったらしいぞ」 「そっか……」 太一はそれを聞いて安心しました。 「ところで太一、 あれは何だったんだろうな? あのお婆さん、どこ行ったんだろうな?」 太一は健太に心の中で答えました。 (オトキさんは山に帰ったんだよ。そして、宇宙に帰ったんだよ) 太一は健太にそのことを話すべきか迷いましたが、やめることにしました。 (これは僕だけの秘密だ。僕とオトキさんと幻くんの秘密だ) 太一は夜空を見上げました。そこには明るく輝く星がありました。 (あれがオトキさんと幻くんかな?) 太一は星に手を振りました。 (ありがとう。さようなら) そして、太一は健太と一緒に今宵の神社を後にしました。高校生の太一は、祖父の遺品を整理していた。その作業の途中で、埃をかぶった古びた本を見つけた。その表紙には「式神の折り方」と書かれていたが、詳しい説明はなく、ただ不思議な雰囲気を漂わせているだけだった。紙の黄ばみや擦り切れた角から、それが長い年月を経たものであることがうかがえた。「式神って……まさか、本当に何か召喚できるとか?」半信半疑ながらも、太一の胸には妙な好奇心が湧き上がっていた。祖父が残したものには、何か特別な意味があるように思えてならなかった。そこで、彼は試しにその折り紙を折ってみることにした。その日、太一は部活を休み、自室へ戻り、本とともに見つけた折り紙を広げた。だが、目の前にあった紙は、彼の想像を超える異常なサイズだった。「何これ……でかすぎる!畳二畳分くらいあるんじゃないか?」あまりの大きさに圧倒され、一瞬のけぞる太一。しかし、彼の胸の内には、それ以上に強い興奮が湧き上がっていた。まるで未知の冒険へと足を踏み入れるかのような感覚に、彼は心を奪われていく。「よし、やってみるか」深く息を吸い、気持ちを落ち着かせると、彼は慎重に折り始めた。指先だけでなく、腕や脚、時には体全体を使いながら、座る位置を変えつつ丁寧に折っていく。だが、奇妙なことに、紙はどんどん分厚くなっていくのに、面積はまるで変わらない。「これは……普通の紙じゃないな」違和感を抱きつつも、太一は手を止めることなく折り続けた。折るたびに何か目に見えない力が働いているような感覚がある。そうしているうちに、折り紙は驚くほどの厚みを増し、ついには部屋の天井を突き破った。木片やほこりが宙に舞い、太一は思わず目を細めた。「まさか……折り紙が大きかったんじゃなくて、俺の体が折るたびに小さくなっていたのか?」窓の外を覗くと、地上の景色がどんどん遠ざかっていた。街の建物がジオラマのように見え、東京タワーでさえ掌に収まりそうなサイズだ。「すごい……こんなところまで来るなんて!」さらに折り続けると、飛行機が太一の横を通り過ぎていった。窓越しに乗客の驚いた顔が見え、胸が高鳴る。気づけば彼は大気圏を突き抜け、青空は漆黒の宇宙へと変わっていた。「宇宙……だと?」それでも、太一の呼吸は安定していた。なぜなのか。疑問は尽きないが、太一は手を止めることなく折り続けた。眼下には、青く輝く地球が広がっ
太一は、自分には他の人には見えない怪異が見えるという特異体質を持っていました。 そのせいで、周りから変わり者扱いされることも多く、友達が数少なかったのです。 しかし、そんな太一が唯一仲が良かったのが健太でした。 健太は太一と同じ高校に通う部活仲間で、太一の体質を知っていても気にしないで付き合ってくれる数少ない人だった。 ある日、部活の休憩中に健太から不思議な話を聞きました。 健太の父親は病院で働いていて、その病院の敷地に忍びこんだ野生の大型犬の目撃証言を聞いたというのです。 「どうやら保健所から逃げ出したらしいんだけど、その犬がなんと馬車を引きながら病院に入ってきたんだって」 健太は目を輝かせて言いました。 太一は驚いて聞き返しました。 「馬車?」 「そう、馬車。しかも人間が乗ってるんじゃなくて、犬が自分で引いてるんだってさ」 「それはおかしいな」 太一は首を傾げました。健太は興味津々に言いました。 「だろ?それでさ、その犬が病院の中で何か探してるみたいに色んな部屋に入り込んで行ったんだって。 でも結局見つからなかったらしくて、また馬車に乗って出て行ったんだ」 「何を探してたんだろうね」 太一は不思議そうに言いました。健太は顔を近づけて言いました。 「さあ、わからないけど、その犬が見えるかどうか確かめてみたくない?」 「え?」 太一は驚きました。 「太一は怪異が見えるんだろ?もしかしたらその犬も怪異なのかもしれないよ」 「そうかもしれないけど……」 太一は迷いました。 「じゃあさ、今日の部活の後に一緒に病院に行ってみようよ!面白そうじゃない?」 健太は太一の腕を引っ張りました。 太一は健太の動機に少し戸惑いましたが、健太の誘いに乗ることにしました。 その日の部活が終わると、二人は直ぐに自転車で病院に向かいました。 病院は市街地から少し離れた山の中腹にありました。周りは森林に囲まれており、静かで落ち着いた雰囲気でした。 二人は自転車を置いて敷地内に入ろうとしましたが、すぐ外に野生の大型犬が現れました。 「あれが……!」 健太は驚いて指さしました。大型犬は黒くて毛むくじゃらで、目つきが鋭かったのです。それはまるで狼のようでした。 大型犬は二人に気づくと唸り声を上げて走り寄ってきたので、二人は慌てて後ずさりし
太一は幼い頃から、他の人には見えない不思議なものが見える能力を持っていました。それは怪異と呼ばれる、人や生物の感情や思念が具現化した存在でした。太一には妹もいましたが、彼女は太一とは違って怪異を見ることができませんでした。太一は妹に怪異のことを話しても、信じてもらえませんでした。両親も太一の話を重度の虚言癖と誤解し、彼を病院に連れて行こうとしました。太一は自分の能力を隠そうとしましたが、それでも両親から疎まれることになりました。結局、彼は実家の祖父母の家に一人預けられてしまいました。太一は学校でも孤立していました。太一は自分の能力を隠そうとしても、いつも怪異に邪魔されたり、周りの人から変な目で見られたりしました。太一は自分の生まれ持った特異体質や自身の心の弱さを嫌っていました。彼は誰かに理解されたいと願っていましたが、その願いは叶わないと諦めていました。しかし、そんな太一にも唯一親友と呼べる友達がいました。剣道部のキャプテン健太でした。健太は剣道の腕前だけでなく、人柄も良くて、クラスメートから慕われていました。健太は太一を仲間として認めてくれて、いつも優しく励ましてくれました。健太は太一に剣道を習ってみないかと誘ってくれたので、太一は剣道部に入りました。剣道部では他の部員からも受け入れられて、太一は少しずつ自信を取り戻していきました。「おい、太一。今日も練習頑張ろうぜ」「うん。ありがとう、健太」二人は笑顔で握手をしました。そんなある日、太一は帰り道に近所の空き地に寄りました。そこには不法投棄されたゴミの山がありました。そのゴミの山は怪異発生の温床になっていて、太一にはその中から悲鳴や呻き声が聞こえていました。太一は怖かったですが、誰かが助けを求めていると思って、勇気を出してゴミの山に近づきました。すると、空き缶の淵で怪我をして、もがき苦しみ動けないでいた青虫を見つけました。青虫は太一に助けを求める目で見つめているような気がしました。「大丈夫か?」太一は青虫に声をかけました。すると、青虫が小さく頷いているように見えました。「じゃあ、待っててね」太一は青虫を傷つけないように手袋をして、そっと持ち上げました。そして、空き缶から出血している部分をティッシュで拭きました。「痛かっただろうね。ごめ